大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)198号 判決 1964年3月31日

上告人

小宮山忠光

右訴訟代理人弁護士

小林昭

被上告人

富永元治郎

右訴訟代理人弁護士

田中幾三郎

浜田源治郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小林昭の上告理由第一点について。

所論は、被上告人と訴外青木との本件建物賃貸借契約の消滅を以て転借人たる上告人に対抗できないことをいうが、原審認定の事実関係のごとく基本たる建物賃貸借が過怠約款に従い賃借人の債務不履行によつて解除に帰したときは、借家法四条を適用する余地なく、同法条の適用あることを前提とする上告人の主張は採用できないとした原判決の判断は、正当として肯認できる。

本件転貸借関係は賃貸人の承認したものであるとして原判決の判断を非難する論旨は、原審の認定にそわないことを前提とするものであつて、採用できない。

また、借家権の放棄によつて基本の賃貸借関係が消滅した場合には、右が合意解除された場合と同様に、事後も転借人は賃貸人に対しその地位を保有できるとの論は、独自の見解であるばかりでなく、原判決は、昭和三二年九月五日被上告人と訴外青木との間に改めて本件建物についての賃貸借継続の約定が成立した際、青木が原判示約款のごとき賃料不払の場合には、右賃貸借契約は当然解除となり、青木は右建物に居住中の上告人を自已の責任において退去せしめてこれを被上告人に明渡す旨の約定が成立したこと、及び上告人が右約款に反する賃料不払をしたまま行方不明となつたことを認定し、よつて右約定の趣旨に従つて、前記賃貸借契約は解除になつたと判断しているのであつて、原判決は、借家権の放棄による賃貸借契約の消滅なりとは認定判示していないのであるから、論旨は、いずれの点からも採用できない。

借家法四条は、借家人の責に帰すべき債務不履行により基本たる賃貸借契約が解除された場合にも転借人の地位を保全すべき規定と解さねばならないとの所論は、独自の見解にすぎず、採用できない。

その余の論旨は、原審の専権たる証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰着し、採るを得ない。

同第二点について。

所論は、原審が民訴法一八五条に違反し、当事者の主張しない事実を認定する法令違背をなし、かつ原判決には理由そごの違法があるというが、記録に照らして検討しても原判決に所論違法は見当らず、ひつきよう、論旨は原審の専権たる証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰着し、採用の限りでない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官五鬼上堅磐 裁判官石坂修一 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

上告代理人小林昭の上告理由

第壱点 原判決は民事訴訟法第三九四条所定の判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるので破毀を免れない。

原判決はその判決理由(三)に於て、「控訴人は青木の賃貸借契約の消滅を以て転借人たる控訴人に対抗できないと主張するが、右の様に基本たる建物賃貸借が過怠約款に従い賃借人の債務不履行によつて解除に帰したときは借家法第四条を適用する余地はないから同条法の適用あることを前提とする控訴人の主張は採用できない」と判示し、借家法第四条「賃貸借の期間満了又は解約申入によつて終了すべき転貸借ある場合に於て賃貸借が終了すべきときは賃貸人は転借人に対しその旨の通知を為すに非ざればその終了を以て転借人に対抗することを得ず」との法条の解釈を誤り、その適用を誤つたものである。従つて原判決に於て右法条の解釈適用を正当に為し、本件上告人の転借権は青木との賃貸借終了の通知をまつてしかる後借家法第四条第二項により終了すべきものであると判断すれば、この通知を怠つた被上告人の本訴請求は失当であり、之を棄却すべきものであつたことが極めて明確であると謂はねばならない。

右借家法第四条には明文上建物賃貸借が過怠約款に従い賃借人の債務不履行によつて解除に帰した場合の転貸借の運命に付いては規定していないこと謂う迄もない。しかし乍ら基本たる賃貸借の消滅理由の如何により適法な転貸借の運命が異なるべき理由は毫も存在しない。

処で従来の判例(大判昭和八年七月十二日、昭和十二年十二月二十二日、昭和十六年十二月十三日)では賃借人の債務不履行により賃貸借が解除されたときは転貸借はその基本を失うことになるので当然終了すると解してをり、又一部判例(大判昭和十年九月三十日)では基本たる賃貸借の終了後も転借人が問題なく引続き賃借物を使用してをれば転貸借は引続き存続しているわけであるが、この場合でも転貸借は賃貸人に対抗できないとの態度を持している。(薄根正男著実務法律講座借地借家(借家篇)第一三四ページ)

しかし乍ら賃貸人が承認した転貸借の法的運命を単に賃借人のみの責に帰すべき理由で之を消滅又は無権限のものとすることが果して社会通念から見て正当なものであらうか。この点については学問上論議されている処であるが特に広瀬武文著借地借家法第二二六ページ乃至二二八ページに詳細論じられているので茲に之を援用する。「期間の満了又は解約申入以外の理由によつて建物賃貸借契約が消滅したときには転借人は本条(借家法第四条)によつて保護されぬものであらうか。

(イ) 合意解除によつて建物賃貸借契約が消滅した場合には転借人は転借物の占有使用をなす権限を喪失するというのが従来の判例理論であつたがその後借地権の放棄及び借地契約の合意解除は抵当権者に対抗することができないという先例の趣旨を生かし信義則に立脚して賃貸借の合意解除は適法な転借人の権利を消滅させるものではないと改められた。転借人の地位は転貸人の法律行為と賃貸人の意思の介入とによつて形成されたものである以上形成に協力した賃貸人及び転貸人はその地位を保持する法律上の拘束をうくるものとなすことが信義則に合致するから、もとよりこの見解は正当である。そうして右の判例理論に従えば基本の賃貸借関係が合意解除によつて消滅しても転借人は転借権を対抗できることになるがこの賃貸人、転借人間の法律関係については本条を類推適用して解決することが至当であらう。

(ロ) 転貸人が借家権を放棄した場合にも転貸借の終了を認めることは転借人の地位を形成した直接の当事者たる転貸人の一方的意思表示によつて転借人の地位を失わしむることになり信義則に反する。しかも借家権の放棄が転借人に対抗できないというも転貸借の成立に協力した賃貸人は本来の賃貸借関係に拘束される以上の不利益を蒙むるものでない。従つて放棄によつて基本の賃貸借関係が消滅した後にあつても転借人は賃貸人に対しその地位を保有できるが、この賃貸人と転借人との法律関係は(イ)の場合と同様に本条を類推適用しなければならない。

(ハ) 債務不履行によつて賃貸借契約が解除されると爾後転借人は転借建物を占有使用する権限を失うというのが判例理論である。しかし債務不履行の責を負う者は転貸人であつて転借人はこれに全然関知しないにもかかわらず転借人にもその責が転嫁されて無権限者として取扱われ、何等の猶予も与えられずに転借建物を賃貸人に返還せねばならないということはいさゝか苛酷ではあるまいか。この場合にも本条を類推適用して転借人の地位の形成に協力した賃貸人の主張を制限するのが妥当であらう。たゞし判例は旧第四条の解釈として過怠約款に従い建物賃貸借が消滅した場合に適用がないと解したから新規定の解釈としても同様にその適用を否定するであらう」

右の如く借家法第四条はその明文上の文言のみでなく、即ち期間満了又は解約申入により賃貸借が終了する場合のみでなく、賃借人の責に帰すべき債務不履行により基本たる賃貸借契約が解除された場合に於ても尚之が転借人の地位を保全すべき規定と解さねばならない。これは信義則上妥当な解釈と謂うの外之の規定の形式的文言は基本たる賃貸借契約終了の例示的な表現と見なければこの規定の意義は法律上無意味であるからである。如何となれば期間満了により終了する建物賃貸借契約は現借家法第一条の二の趣旨からあり得ないもので、期間満了の時に於ても更新拒絶の正当事由がなければ期間満了後も賃貸借契約は同一条件下に存続するものである。かゝる場合適法な転貸借は本条による通知を以て終了せしめ得ないものである。

いづれにせよ原判決が賃借人の債務不履行により過怠約款の為その賃借権の消滅した場合に借家法第四条の適用なしと判断したのは法の適用を誤つた違法があり到底破毀を免れないものである。特に後述の如く本件に於て過怠約款の存在を認定した原判決は証拠によらずに事実を認定した不法があるにおいておやである。

第弐点 原判決は事実上の主張の認定に当り民事訴訟法第一八五号に違反し当事者の主張せざる事実を真実と認定した法令の違背並びに判決理由に齟齬があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから民事訴訟法第三九四条及び第三九五条により破毀せらるべきものである。

原判決は判決理由中事実認定の(二)に於て「その後同年九月五日に青木は営業不振のため賃借建物中東隣建物を被控訴人に明渡し他に転宅するに至つたがその際被控訴人は青木に本件建物の明渡をも請求したところ同人は右建物のみは引続き賃借を希望したので被控訴人は之を了承した。そしてその際被控訴人は賃料を一ケ月一〇、〇〇〇円(支払方法は前払)に減額すると共に、さきに受領中の敷金五〇、〇〇〇円のうち二五、〇〇〇円を同人に返還する代りにこれを同年九月以降の賃料に引当てることにし、青木が更に賃料不払の際には右敷金残額二五、〇〇〇円の限度でその支払に充当できるが同人にそれ以上の不払を生じたときは右賃貸借契約は当然解除となり青木は右建物に居住中の控訴人を自己の責任に於て退去せしめてこれを被控訴人に明渡す旨の約定(甲第五号証覚書)が成立した」と判示している。右認定は原判決事実摘示中の内「二五、〇〇〇円を同人に返還する代りにこれを同年九月以降の賃料に引当てることゝし青木が更に賃料不払の際は」とある部分を除き被上告人の主張事実をその儘真実と認定したことは明文上極めて明らかである。原判決は右事実認定の下に立つて理由(三)に於て「青木は前認定のように本件建物のみ引続き賃借することになつた後敷金充当によつて昭和三三年一月分までの賃料を支払つたのみで爾後の賃料不払のまゝ行方不明となつたことが認められるので前認定の約定の趣旨に従い前記賃貸借契約は右昭和三三年一月末日の経過とともに解除となつたといわねばならない」と判示し被上告人の請求を認容したものである。

しかし乍ら原判決が「それ以上の賃料不払を生じたときは右賃貸借契約は当然解除となり」云々なる事実が甲第五号証覚書の趣旨であると認める理由はその甲第五号証覚書の文言を対比すればその誤れること誠に多言を要しない。

甲第五号証覚書の記載によれば「昭和三十二年壱月二十六日甲と称す賃貸人富永元治郎乙と称す賃借人青木忠幸双方の家屋賃貸借契約証書の目録物件中左京区岡崎徳成町七番地ノ二家屋番号同町百参拾番木造瓦葺弐階建店舗拾坪八合八勺外弐階坪八坪五合三勺を明渡しについて左の通り覚書を手交する。

一、現契約第一条の賃料を壱ケ月金壱万円と定める

一、現契約第三条の保証金を壱万五千円甲より乙に返済する事

一、以下の事は現実に従うものとす」

となし且つ「小宮山氏の件については乙が賃料支払なき場合は乙は責任を以て解決するものとす」として当事者双方が昭和三十二年九月五日附を以て覚書を作成し署名捺印したことが認められる。右甲第五号証覚書の記載からは原判決が認定した如き前記「青木が賃料不払を生じたときは賃貸借契約は当然解除となる」旨の記載は一切なく又右甲第五号証が現契約と称している右当事者間の昭和参拾弐年壱月廿六日附家屋賃貸借契約証書(甲第一号証)にも右の如き記載はない。(甲第一号証の第五条には当然解除となる趣旨と相容れない記載がある。)

右の如く原判決の事実認定に関する理由にはその掲げる証拠との関係上前後齟齬があつて、しかもこの齟齬は本件の事実並びに法律上の判断に重要なる誤解を生じているものである。

次に前記の如く原判決は「五〇、〇〇〇円の内二五、〇〇〇円は青木に返還する代りに之を同年九月以降の賃料に引当てること」「九月以降の賃料は毎月金壱万円であること」「青木は九月以降敷金の充当による賃料を支払つたのみであること」を事実として認定している。しかる処被上告人の事実上の主張は原判決事実摘示の内被控訴代理人の主張として「被控訴人は先に青木より受領していた現保証金五〇、〇〇〇円中二五、〇〇〇円を同人に返還すると共に、残額二五、〇〇〇円を爾後の賃料と引当てることゝし、もし青木が右保証金引当後の賃料を支払わないときは云々」と記載の通り保証金五〇、〇〇〇円の内二五、〇〇〇円は青木に返還したことを自認しているもので、従つて被上告人は基本たる賃貸借契約の解除につき「しかるに青木は右保証金引当により昭和三二年一二月一五日までの賃料を支払つたが、その後の賃料を支払わないので云々」と主張していること前同様原判決事実摘示に記載の通りである。

しかるに於ては原判決は事実の認定に当り民事訴訟法第一八五条に違背し事実上当事者の主張せざる事実を真実と判断していることが明確であり、この為後述の如く判決理由に重大な齟齬を来たしているものである。即ち被上告人の主張では青木の賃料は昭和三二年一二月一五日迄のみ支払われているのに原判決は之を昭和三三年一月末日迄支払われたものと判断したこと既に記述の通りである。従つて次いで基本たる賃貸借契約の終了に付いて被上告人は或は昭和三十二年十二月末日自然消滅したと主張し(第一審第十二回口頭弁論に於て)或は昭和三二年六月二五日契約解除の通知により消滅したと主張(第一審第十三回口頭弁論に於て)する等前後相違する主張を為し、又之に対する原判決の事実認定の違法は実は本件建物に対する被上告人と青木との基本たる賃貸借契約消滅の事実なきに拘らず之あるものゝ如く認定主張せんとした事実無根の想定を基とするに外ならない。基本たる賃貸借契約は未だ解除されずに存在し従つて本件転貸借は依然存続しているものである。

右の如く原判決には法令違背及び理由に齟齬があり破毀せらるべきものである。

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